「アルツハイマー認知症」と3年暮らした体験記

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当ブログを長らく読んでくださってる方や Twitterで近況を見ていただいている方はご存知かと思いますが、当家の嫁母(以下 ばあちゃんと記す)が3年ほど前から「アルツハイマー型認知症」を発症いたしまして。

家族一丸となって戦いあり笑いあり絶望ありな感じで生活して来たわけですけれど、このたび無事に「認知症専門施設」に入所。

そんなこんなで この3年間で「アルツハイマー型認知症」である ばあちゃんと生活してきた経過…というかエピソード集を 時系列順にまとめてみようと思います。

50〜60代くらいで 家を継いだ人なんかは…明日は我が身だと思って 頭の片隅に置いておいてもらえれば幸いです♪

目次

第一章「失われた半世紀」

ボケる前の ばあちゃんと言えば「ご近所での人あたりはむっちゃいいけれど 家庭内では結構イケイケ」といった感じ。
大酒飲みである嫁父(以下じいちゃんと記す)とは 犬猿の仲で 事あるごとに喧嘩してるいるような騒々しい夫婦でした。

とは言え50年以上連れ添った夫婦ですから数日すれば何事もなかったように仲直りし またなんかのきっかけで喧嘩し…の繰り返し。

そんなのが日常茶飯事ですので 私達や娘たち(孫たち)も 気に留める事もなく毎日がすぎていました。

ところがそんな折。なにやら ばあちゃんの言動がかなり不穏に。

日中じいちゃんと買い物に行った場所をまったく違う駅と勘違いしていたり。ご近所さんが持ってきた町内会費を受け取ったのをまったく覚えていなかったり。

じいちゃん「まさか あのばあさんがボケちゃうとは思わなかったなぁ…」

うっすらボケ始めた ばあちゃんをフォローしながら寄り添っていたじいちゃん。おそらく半世紀に及ぶ夫婦生活の中で 一番仲が良かった期間だったのではないかなぁ…

しかし…神様と言うのは残酷なものでして。
ある夜 突然じいちゃんが吐血。救急車で運ばれて診断してもらったところ 末期の食道がん(転移もあり)

そこから一ヶ月もせずにあっという間に他界。ほんの一ヶ月前までグイグイ酒飲んでたのに…ほんとあっという間。

コロナが流行る直前ということで 家族葬ではなく 従来どおりの葬儀。親戚も集まってくれて故人を送り出したわけなんですけれどもね…

50年連れ添った ばあちゃんからその会場で出た言葉は…
ばあちゃん「誰の葬式なんだね?」

「何言ってんの?じいちゃんの葬式でしょ? ばあちゃんの旦那の葬式でしょ?」

ばあちゃん「ふ〜ん。そうなんだぁ?」

50年連れ添った夫婦の記憶が ほんの数ヶ月で消し飛んだ瞬間でした…
(あれから3年。じいちゃんの話題が ばあちゃんの口から発せられる事は一度もありませんでした)

第二章「毎日が健康診断」

家族も親戚も「これは完全に認知症ですよね」ということで意見は一致。
放っておけばどんどん進行してしまうので 専門の医療機関で見てもらうのが最優先なのですが…

ばあちゃん「そんな頭おかしい人が行く医者に行くくらいなら死んだほうがマシだ!絶対いかん」

の一点張り。ボケているとは言え 足腰はしっかりしていますし 自我もあるわけなので 無理やり連れて行くわけにもいかず。医療の力を借りることもできぬまま数ヶ月。

そんな折 行政主催の「高齢者健康診断」の通知が我が家に届きます。日時は2週間後に近隣の役場。

ところが…この時点で「日付」という概念がすでに欠落してしまっている ばあちゃん
健康診断は二週間後だ!!って言ってるのに「いや!今日!今日に間違いない!行ってくる!!」って 毎日役場に行っては「今日じゃないですよ〜」って追い返されるってのを一週間繰り返し…

役場の方でも「どうやら あのおばあさん ちょっとヤバい」って話になり。担当のケアマネジャーさんから連絡が入り。

家族の言うことは意固地になって聞かなくても「役場の人が来て提案される」と はいはい!という事を聞いてしまう田舎民。

無事に脳神経外科を受診。アルツハイマー型認知症と診断され 要介護1の認定をうける運びとなったのでありました。

第三章「謎の穴」

ちょっと前までは「物忘れ」だけで済んでいたのですが、このあたりから問題行動が増え始めます。

とにかく「大切なもの、大事なもの」は厳重に包装して どこかに隠し始めたのです。

現金や貴金属などはもちろんですが「美味しいもの」なんかも大事なものの一部らしく…
絶対に冷蔵庫に入れとかなきゃいけないようなものが タンスの奥に新聞に包まれて発見されたりします(涙

我が家では 何かが行方不明になるたびに「あぁ…また 謎の穴に入れられちゃったんだろうなぁ」なんて 諦め半分で語られていましたね。

こんな状態なので 家中の物が謎の穴に吸収されてしまうため 1分たりとも目が離せない状況になってしまいました。

とは言え 各部屋に常に人を常駐させておくわけには行きませんので ネットワークカメラの導入にふみきったのがこの時期。

玄関・台所・ ばあちゃんの部屋の3箇所に設置したので なにかをしまい込まれても録画を確認すれば行方はわかります。

え?プライバシー? この次元になったらそんな事言ってらんねぇんだよ(涙

第四章 「ヘッドハンティング」

そんな戦いの中の朗報。

介護認定も受けられたので いわゆる「デイサービス」に行けるようになりました。

朝8時前後に迎えに来てもらって 夕方4時位に送り届けてもらえる感じでして、今まで一日中 目が離せなかった状況に比べれば状況は好転。

でね…

ばあちゃん本人的には「仕事行ってくる」って行って出ていくんですよね(笑)

「仕事じゃなくて介護施設だよ?」って言っても「いや!違うんだ。私は前の会社での働きが良かったんで 引き抜きかれて働いてくれって言われたんだよ。 なんかボケたり不自由な年寄多いんだけども。面倒見てくるわ」

どうやら脳内は「ヘッドハンティングされた」って設定らしいです

第五章 「時は金なり」

日付がわからないのはもう当たり前の日常。

しかしこのあたりから「時間」の感覚がなくなってきます。

デイサービスの送迎は早くても8:30くらいなのですが、7時から玄関でフル装備で待機。

夏場ならまだしも真冬に冷え切った季節でもそんな状態。

私も出社の支度をしながら iPadで玄関カメラを監視。カメラに ばあちゃんが映るたびに「また 玄関で座ってるぞ〜」とかみさんに報告して 「温かい部屋に追い返す」ってことが 毎日5〜6回。

デイサービスが休みの日も いくらカレンダー(予定表)を見せても 数分後には忘れてるので また予定表みせて…。

それが午前中いっぱい続く感じ(疲

徐々に修羅場度合いがマシてきた時期。

第六章 「水に流して」

そんなこんなな状況から またしばらく経過。

徐々に「しも」が怪しくなってきました。

数回に一回失禁してしまう様な状況だったので 応急的に「尿とりパッド」を使うことに。

ところがね…これ…トイレに流しちゃうのよ。

どうなるかって言うとね…

トイレの排水管の中でパンパンに水をすって膨らんで…

一発でトイレ詰まり(涙

フォークの先を曲げて トイレの排水に肘まで突っ込んで…

パンパンに膨れた尿とりパッドを引き抜いたのが夜中の2時…

そろそろ限界かもしれない…

第七章「おうちに帰ろう」

また別の日のこと。

なにやら自分の部屋でゴソゴソし始める ばあちゃん
気づけばよくわからない荷物が玄関に積まれていると!

なにしてんの?って聞いてみたら。

ばあちゃん「うちに帰らなきゃいけないから荷物まとめてる!!!」

っていやいや…ここあなたのうちですやん…

カメラで見張ってるから気づいたものの…これって気づかなかったら徘徊してるパターンですやん(涙

第八章「まじで忘れる5秒前♡」

よくある認知症エピソードで「ご飯はまだかね?」からの「お ばあちゃんさっき食べたでしょ」なんて話がありますが。現実はもっと過酷。

とある日 うどんを食べていた ばあちゃん。うどんと具を食べ終わって 汁だけになった丼をみて一言。

「なんて今日の昼飯は汁だけなんだい? 具とかないのかい?」

ほんの5秒前に食べていたうどんの記憶さえすでに消えている状況。

すげぇな認知症って(汗

最終章「眠れぬ夜」

もうこの時点では 介護認定2まで行っていたので デイサービスからショートステイに切り替わり、週のうち3泊4日くらいで家にいる状況に。

しかし この4日が地獄。

日中と言えば謎の行動。

例をあげるとすれば「延々とティシュをちぎってガムテープでふくらはぎに貼り付けていく作業」とか「割り箸に延々とサランラップを巻いてガムテープで留めていく作業」とか繰り返してる。

そして夜はと言えば…

頻尿なのかトイレに行ったことを覚えていないのか…30分おきに起き上がってトイレに。

とはいえ 「トイレ」なんて認識はすでにないので 放っておいたら風呂や茶の間や そこらへんのバケツで放尿してしまう状況(何度かやられてます)

なので 起きるたびに付添でトイレってパターンなので。夜間も連続して寝ることもできず…

さすがに限界だな〜ってんで 介護認定の再申請をお願いしたところ、「その状況なら介護認定3ですね〜」って事で 無事に専用施設への入所が決まった…というのが事の顛末でございます。

まとめ

まぁそんな感じで 今思えば笑い話で語れる部分もありますが、当時としては 毎日が修羅場ですし 家族も人格崩壊する一歩手前くらいまで追い込まれておりました。

日中はかみさん一人で面倒見てましたけど さすがに精神もたないだろうって事で 私もできるだけ早く仕事を切り上げて帰ってる状況でしたし。
(あの期間のおかげで 無駄に仕事の能率上げる術を覚えたわw)

そんなこんなで 無事に「認知症の介護」から開放されて こんな記事を書いてはいますけれど、あくまでも「施設にお願いする費用」がなければ 介護から開放される事はありません。

だいたい「子供に金がかかる時期が過ぎた頃に 親の面倒が始まる」ので 預貯金は十分すぎるほど貯め込んで置いたほうがいいぞ〜!っていう経験者からの助言でした😁

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